技よりも意地

今の時代にこんなことやるやつはいないだろうなぁ。俺は若いころ、ある人にだけは負けたくなくて、その人は上段蹴りを得意としていた。ただ、腕でガードするのは簡単だ。俺はそいつが気に食わなくてね、上段蹴りをわざと浴びて何事もなかったように組手をつづけたことがあった。相手はびっくりしていたが、俺はほんの少しだけ顔の位置をずらし、頭部で蹴りを受けたんだよ。じゃなきゃ倒れてるよ。師匠を前にして点数稼ぎする奴だからさ。おまけに俺は道場で注意ばかりされちゃうから、気に食わない気持ちわかるでしょ。ガードしちゃうより、相手の得意技を浴びて何ともない方が、相手は自信を喪失すると思ってな。その点今の時代は道場自体が平和そのものだからな。こんな意地を張るやつもいなくなったなぁ。いじめも普通にあったけど、道場は学校みてぇに問題になるなんてことはなかったよ。これから伸びそうな人を今のうちに潰しちゃおうなんてことはよくあった。道場内が喧嘩になることもよくあったよ。俺にもそういうつぶしは来たよ。でもなんで俺がこんな目に遭うかなんて当時は想像できなかったよ。最後までしのぐと、後でその人は謝ってきたよ。点数稼ぎしていた奴は謝りなんかしなかったな。俺とまったく性格が反対だ。俺のことは嫌いだったろうなぁ。今頃も上手く世渡りしてるんだろうね。俺は世渡りは下手だけど、最高の人生を歩んでるからそいつの事なんかすっかり忘れてたな。今テレビ放映中の「今日から俺は」を見ていて、ふと昔を思い出しちゃってね。今思うと、よく師範になれたもんだなぁ。