初心

俺が空手を始めて習い始めたころは、稽古は半端なく厳しいものだった。だけど、それよりも何もかもが初めての体験で楽しいこの上ない気分だった。おそらくは誰しもこんな経験はあるだろう。俺も30代に入ってからかなぁ。チョット精神的に落ち着き始めてきたころ、清心流支部として動き出してきたころからかな、その情熱を忘れてきちゃったような気がする。今思えばね。だから稽古をつけるにしても自分の練習は別にして考えていたから、あまり体を張って指導はしてなかった。今の方が明らかに体を張って指導している。でも、落ち着いてきたから、何も情熱まで覚ます必要なんてない。こっちが落ち着いてばかりいると道場生も早く情熱が覚めてしまう。これからだというのに空手をやめてしまう子が出てきてしまう。俺自身がまだまだと頑張る姿を見せてこそ、道場生がついてくる。俺は先生とばかりにでんと構えるのもいいけど、それはそれだけの落ち着きが必要だってだけの話だ。俺は最近は意識して練習するようにしている。道場生と練習していれば、その人の立場で考えることもできる。落ち着いちゃって、組織欲、教祖様的なものに走る指導者が多い。一見すると道場生が多く、指導者ぞろいでにぎやかかもしれないが、それは求めるものでもなく、必要あらばついてくるだけの話だ。初心を忘れ、変な方向に走ったおかげで犯罪にまで走ってしまった先生を俺は何人か見てきている。もし、俺は空手バカだとか、空手一筋だと言うならば、とにかく稽古に励むべきだと思う。上から目線で指導する時代ではもはややっていけないのだから。